ファドの女王アマリア・ロドリゲス(1920-99)と、ビバップ時代を代表するテナー・サックス奏者ドン・バイアス(1912-72)が共演した歴史的セッション。録音は1968年5月11日、ポルトガルのヴァレンティン・デ・カルヴァーリョ・スタジオで行われ、リリースされたのはそれから6年後の1974年でした。ファドとジャズの融合を試みた意欲的なセッションとして、現在でも高く評価されています。 米国オクラホマ州出身のドン・バイアスは、チャーリー・パーカーやディジー・ガレスピーと共演し、ビバップの複雑なフレージングを取り入れつつも、スウィング期の抒情的なサウンドを保ち続けたことで知られています。1946年以降は欧州に拠点を移し、ポルトガルのジャズシーンとも深く交流を持ちました。しかし、彼は1972年8月24日、オランダのアムステルダムで亡くなり、本作のリリース時にはすでにこの世を去っていたことになります。 プロデューサーを務めたのは、ポルトガルのジャズ界を牽引したルイス・ヴィラス=ボアス。彼は、アマリアとバイアスの共演を「ファドを音楽的に豊かにする試み」と位置づけ、ジャズの即興性を取り入れることでファドに新たな可能性を見出そうとしました。録音は、バイアスがポルトガルでのジャズ・フェスティバル出演中に急遽実現したものであり、その即興的な要素が作品の魅力を一層引き立てています。 セッションには、アマリアとバイアスに加えて、ポルトガル・ギターのラウール・ネリィとジョゼー・フォンテス・ローシャ、ヴィオラのジュリオ・ゴメス、ヴィオラ・バイショのジョエール・ピーナが参加しました。すべての楽曲がワンテイクで収録されるという緊張感の中、ジャズとファドが織り成す音楽的な対話が展開されています。特に「Rua Do Capelao」や「Maldicao」では、バイアスのサックスが即興的に躍動し、アマリアの情感豊かな歌声と絡み合う様子は見事。また、「Ai Mouraria」や「No Desgraa Ser Pobre」では、バイアスのエレガントなイントロがアマリアの歌唱を引き立てています。 本作は、ポルトガル音楽とジャズを結びつける革新的な試みであり、アマリアのファド解釈に新たな視点を与えることに成功しました。リリース当初はファド・ファンとジャズ・ファンの間で賛否が分かれましたが、現在ではその先鋭的なアプローチが再評価されています。アマリア自身もこの録音を「自分が最も良く歌えた作品」と称しており、その言葉通り彼女の表現力が存分に発揮されています。 なお、2018年にリイシューされた本作には「録音の背景と意図」「ドン・バイアスの経歴」「ファドとジャズの融合についての解説」などの詳細な解説や当時の写真を含む40ページのブックレットが付属しており、資料的価値も高い内容となっています。ファド/ジャズ双方のファンにとって必聴の一枚です。
●日本語解説/帯付き
トラックリスト 1. Povo Que Lavas No Rio 2. Solido 3. Estranha Forma De Vida 4. Libertacao 5. Cansaco 6. Rua Do Capelao 7. Ai Mouraria 8. Nao E Desgraca Ser Pobre 9. Coimbra 10. Lisboa Antiga 11. H Festa Na Mouraria 12. Maldicao
2025年5月18日発売 AMALIA RODRIGUES & DON BYAS / ENCONTRO